マヤ43形教習車
概説
列車掛用教習車で、マロネ41 23・24を種車として1974(昭和49)年に高砂工場で改造された。
マロネ41形は、プルマン式寝台車マイネ41形として、1950(昭和25)年に12両が新製された。1955(昭和30)年の称号改正でマロネ41形となり、後の近代化改造の際、1・3・8~11の6両は複数ガラス固定窓となって20番代に区分された。このうちの2両がマヤ43形に改造された。
外観上は種車と大きな差異はなく、客室内は教習用に寝台を撤去している。2は側窓の一部が埋め込まれていて、1と外観が異なる。
大阪鉄道管理局で使用され、JRには承継されずに1987(昭和62)年に廃車となり、1は後に横川の"碓氷峠鉄道文化むら"に保存するべく高崎まで回送されて留置されていたが、保存されずに惜しくも解体された。
マヤ43 1・2
マヤ43 1(大ウメ)
マイネ41 10 1950.2新製→マロネ41 10 1955.7改番→マロネ41 23 1964.3改造→マヤ43
1 1974.3改造→1987.7廃車
1986年1月5日 梅小路貨車区にて