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東京都交通局6000形

 戦後初の新製車として800形と共に登場し、1947〜53(昭和22〜28)年にかけて290両が新製された。
 製造年次、メーカーによって数々のバリエーションが生まれ、台車は昭和22〜24年度までがD-10、昭和25年度製がD-16、昭和27年度製がD-17となっている。集電方式も当初はポールであったが、後にビューゲルとなり、過渡期には双方を装備して新製された車両もあった。後年の更新修繕によってさらにバリエーションが生まれている。
 荒川線では13両が1978(昭和53)年のワンマン化まで活躍し、うち5両はワンマン化記念花電車乙6000形に改造されて運転された後廃車となった。
 6152号は、1978(昭和53)年のワンマン化時に唯一ワンマン化改造されずに応急車として残されたもので、客室内には救援工具が積込まれて旅客営業に就くことはなかった。1987(昭和62)年秋にイベント車両として、旅客営業を復活。旅客やファンに好評を得たことから、その後も運転されることになり、1988(昭和63)年に外部塗色は黄色に赤帯から昭和30年代までの濃緑とクリーム色に変更された。さらに同年8月にアルナ工機で全面的に車体の修繕を行い、外部塗色は濃緑部分がライトグリーンに変更された。同年9月より第1・3日曜日限定で営業運転されていたが、2000(平成12)年12月に営業休止、2001(平成13)年12月に廃車となり、荒川区の荒川遊園に保存されることになった。

東京都交通局6152

6000形(6152)

 保存が決まり、都電荒川線「お客様感謝デー」イベントとして、荒川車庫で撮影会が行われた。
2002年6月29日 荒川車庫にて

東京都交通局6152

6000形(6152)

 「荒川線」と呼ばれるようになって25周年を迎え、ヘッドマークを付けて運転された。
1999年10月1日 鬼子母神前−雑司ヶ谷間にて

東京都交通局6152

6000形(6152)

1999年月10月1日 大塚駅前−巣鴨新田間にて

東京都交通局6152

6000形(6152)

1999年月10月1日 鬼子母神前にて

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