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東京急行電鉄デハ3450形

 1928(昭和3)年に製造されたモハ500形(のちのデハ3400形)に続いて、1931〜36(昭和6〜11)年にモハ510形として製造された。
 川崎車輛と日本車輛で合計50両が製造され、車体は関東私鉄の標準スタイルともいえる片開き3扉両運転台車である。
 戦後になって全室片運転台化、昇圧工事が施工されたが、デハ3450・3498・3499の3両は両運転台のまま残った。
 なお、デハ3472は1964(昭和39)年に踏切事故により車体を大破し、当時東横車輛で製作中であったデハ3600形の車体を載せたため、ノーシル・ノーヘッダーの異端車となった。
 また、デハ3498は1981(昭和56)年に荷物電車のデワ3043へ改造されたが、それも束の間、翌年には荷物輸送が廃止されたために除籍となり、長津田工場の入換車に転用された。
 バラエティーに富んだ形態でファンに人気があったが、1981(昭和56)年より廃車が始まり、1989(平成元)年に営業線からは姿を消した。

東京急行電鉄デハ3450

デハ3450

 トップナンバーのデハ3450は両運転台のため、入換などにも使用された。写真は長津田駅で8500系新製車の搬入の際に入換中のデハ3450。
1987年8月7日 長津田駅にて

東京急行電鉄デハ3460他

デハ3460ほか3連

 洗足池−石川台間の切通し区間を行くデハ3460+デハ3480+クハ3856の3連。
1987年2月23日 洗足池−石川台間にて 

東京急行電鉄デハ3499他

JRマヤ34使用の軌道検測

 かつては国鉄・JRのマヤ34を借り入れての軌道検測が行われ、デハ3499と3450がマヤ34形を挟んで運転された。写真はデハ3499+マヤ34 2003(東オク)+デハ3450。
1987年11月30日 多摩川園(現多摩川)−沼部間にて

東京急行電鉄デハ3494他

デハ3494他

 中間にサハを組みこんでいない編成は行先表示が表示板となっていた。
1989年3月11日 大岡山−奥沢間にて

東京急行電鉄デハ3472他

デハ3472他3連

 1989年の旧デハ3000系列引退に際し、デハ3450形をはじめとする目蒲線の3両編成×2本がかつてのブルーと黄色のツートンカラーに復元されて運行された。
1989年3月11日 大岡山−奥沢間にて

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