東急車輛製造と米国Budd社との技術提携のもとに、1962〜66(昭和37〜41)年に134両が新製された日本初のオールステンレスカーで、営団地下鉄(現東京メトロ)日比谷線との相互直通運転にも使用されるため、18m3扉車である。
2両1ユニットの全電動車方式で、台車はパイオニア式P-III形のTS-701である。偶数車に主制御器を、奇数車にはMG・CPと蓄電池を搭載した。
デハ7001〜7006、デハ7101〜7106は量産先行車で、つるべ式の窓と側面窓保護棒が特徴であったが、1978(昭和53)年以降の更新によって下窓が固定式となり、保護棒も撤去された。
電機品に東洋電機製造と日立製作所製の2社あり、電動機出力が東洋製60kW、日立製70kWと異なる。日比谷線直通車は東洋製に限定された。
また、当初は普通列車専用のため急行灯はなかったが、1964(昭和39)年より取り付けられて東横線急行運用も開始した。以後、東横線の主力として活躍、さらに田園都市線・大井町線でも使用されたが、1985(昭和60)年に日比谷線乗入れ運用を除き東横線から撤退している。
1987(昭和62)年以降40両がVVVFインバータ制御車化改造されて7700系となった。
その後も東横線、大井町線で使用されていたが、日比谷線乗入れ用の後継車1000系の登場によって活躍の場が狭くなり、弘南鉄道、水間鉄道、北陸鉄道、福島交通、秩父鉄道などの地方私鉄に譲渡されるようになった。7200系アルミ車の検測車化により、1989(平成元)年にこどもの国線用ワンマン車となったデハ7057-デハ7052が最後まで頑張っていたが、同線の通勤線化(横浜高速鉄道)によって2000年(平成12)年に引退して形式消滅した。

量産先行車デハ7004他6連
更新後の姿で、側窓の保護棒は廃止されたが、前面の車号が小さいのが特徴であった。
1985年10月19日 等々力-上野毛間にて

こどもの国線運用に就いたデハ7004他2連
1984年12月8日 長津田駅にて

日比谷線直通のデハ7011他8連
東横線を行く日比谷線直通旧7000系。
1988年4月10日 都立大学−自由が丘間にて

赤帯が追加されたデハ7015他8連
晩年は赤帯が追加されたが、この姿が見られたのはわずかな期間であった。
1988年11月11日 大倉山駅にて

デハ7000形(偶数車)
デハ7024 昭和38.10新製→デハ7703 昭和62.12改造
1987年8月12日 長津田駅にて

デハ7100形(奇数車)
デハ7107 昭和38.10新製→福島交通サハ7316 平成3.6改造
1988年4月10日 日吉にて