1954(昭和29)年に登場した東急初の高性能車で、当時流行していた前面2枚窓と丸みを帯びた軽量車体が特徴であった。「青ガエル」というニックネームが付いた。登場時のライトグリーンの塗装は、後にやや濃い色に変更されたが、以後の東急鋼製車の標準色となっている。
東横線はもとより田園都市線、大井町線で活躍していた。また、1977(昭和52)年の長野電鉄への譲渡を契機に各地方私鉄への譲渡が進み、福島交通、熊本電鉄、岳南鉄道、松本電鉄、上田交通へ譲渡された。
東急では1985(昭和60)年を最後に大井町線から撤退し、目蒲線のみに残って最後の活躍をしていたが、翌1986(昭和61)年に引退した。

大井町線を走る5両編成の5000系
1985年2月3日 等々力−上野毛間にて

目蒲線の5000系
東急での最後の働き場所、目蒲線では3両編成で運転されていた。
1982年7月16日 田園調布にて

5000系誕生30周年記念電車
目蒲線用の編成が充てられ、鉄道記念日に東横線でヘッドマーク付きで運転された。5004ほか3連。営団3000系との擦れ違い。
1984年10月14日 多摩川園(現多摩川)−新丸子間にて

赤1色の長電向け5000系
長野電鉄向け5000系で、赤の下塗りのまま試運転を行った貴重なシーン。長電モハ2613。
1985年8月20日 長津田にて

熊本電鉄向け5000系
熊本電鉄に当初譲渡された2両と違い、両運転台化改造されて反対側は切妻型運転台となった。熊本電鉄モハ5101。
1985年12月4日 長津田にて