2200系は1975(昭和50)年に電機子チョッパ制御試験車として8両1編成が建造された。番号は当時の回生車の番号2000番代の空き番号となり、車体は2000系以降続いていたスタイルをモデルチェンジし、行先表示幕取付け、尾灯と標識灯の下部への取付け、側面乗務員扉後部への阪急のイニシャル「H」マークの取付け、スカートの取付けなどが行われ、このスタイルは以後6000・7000系へと受け継がれた。1985(昭和60)年にVVVFインバータ制御試験車2720・2721を増備。T車2両(2750・2751)は6000・7000系に組み込まれて後に6750・6751に改番、またチョッパ制御車も試験終了後の1992(平成4)年に4両のM車はT車化されて6000系に編入(2700→2760、2701→2770、2710→2761、2711→2771)された。また、VVVF車も1995(平成5)年の阪神大震災で被災し、2721は廃車、2720もT車化・6762に改番され、先頭車の2250・2251も6000系6050・6150となり、先にT車化されていた4両も2760→6760、2770→6770、2761→6761、2771→6771と改番されて2200系は1995(平成7)年に形式消滅した。

淀川鉄橋を行く2200系2250他
1981年9月15日 中津−十三間にて