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489系特急形交直流電車


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概説

 489系 は信越本線経由で東京と北陸地区を結ぶ特急用として、1971(昭和46)年に新製された。
 489系の登場以前、上野-金沢間の電車特急としては1969(昭和44)年10月改正で誕生した「はくたか」が 485系特急形交直流電車によって運転されていたが、485系は横川-軽井沢間の碓氷峠におけるいわゆる「横軽対策」が施行されていないため、上越線経由で運転されていた。また、上野-金沢間には信越本線経由の急行「白山」があったが、客車列車であることから輸送力はほぼ限界に達し、改善が望まれていた。こうした背景から横軽協調運転が可能な特急形交直流電車として489系が新製されることになった。
  0番代 は485系0番代を基本として、169系急行形直流電車と同様に横軽協調運転が可能な構造としたものである。偶数向き制御車(クハ489-501~)は電気機関車と併結されるため181系のクハ180形と同様に自動連結器に開放テコを設けた。車体は基本的には485系0番代と同一構造で、冷房装置はAU12(M′車には屋根上の機器搭載スペースの関係上床置形のAU41を併載)である。台車は485系に準じたDT32A(電動車)・TR69A(付随車)にまくらバネパンク装置取付等の横軽対策を施している。主電動機はMT54B。主制御器は485系のCS15Fに協調運転用の制御回路を追加した CS15Gとなっている。Tc、T'c車にはクハ481-101~と同様に21kVAのMGを床下に搭載し、ボンネット内部にはCPを搭載している。モハ 488-1~15・モハ489-1~15、クハ489-1~5・501~505、サロ489-1~10、サハ489-1~4、サシ489-1~4の58両が1971・72(昭和46・47)年に新製された。
  200番代 は1972(昭和47)年秋から新製されたグループで、同時期に新製された485系200番代と同様にTc車は貫通形となり、冷房装置がモハ488形では集中式のAU71Aに、その他はAU13Eに変更された。モハ488形は定員が64名から72名に増加したため、200番代と区分された。クハはTcが 200番代、T'cが600番代となっている。台車はモハがDT32E、その他はTR69Eに変更されている。1974(昭和49)年からは485系と同様にクハが非貫通となり、300・700番代となった。また、普通車の座席が簡易リクライニングシートになっている。モハ488-201~227、モハ 489-16~42、クハ489-201~205、601~605、301~304、701~704、サロ489-11~28、1001~1010、サハ 489-5~12、サシ489-5~12が1972~78(昭和47~53)年にかけて新製された。
 489系は車両需給の関係から485系との間でサハ、サシなどの改造が行われたほか、国鉄末期になるとサロ489形の近郊形グリーン車への改造やサハ 489形の183系クハへの改造も行われた。1997(平成9)年の長野新幹線開業による横川-軽井沢間の廃止に伴い、本来の使用目的にかなった特急「白山」も廃止されてしまった。
 その後は急行「能登」や、一部が485系とともに北陸本線の特急「雷鳥」に使用されていたが、2011(平成23)年4月1日現在ではJR西日本の金沢に9両が在籍しているのみで、定期運用はない。

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