485系特急形交直流電車|485系0番代
概説
交直流特急形電車の電動車については、交流60Hzに対応する481系と、交流50Hz対応の483系とに分かれていたが、50/60Hz両用の変圧器が開発され、1968(昭和43)年10月ダイヤ改正を契機に直流1500V、交流50/60Hzの3電源に対応する特急形交直流電車が製造されることになった。制御車、付随車については481・483系と共通であるが、両数が最も多い「485系」と総称されることが多い。
ここでは1968~72(昭和43~47)年に新製された「キノコ型」のAU12形冷房装置を搭載する485系0番代と、481・483系の制御車・付随車を含めて解説する。
モハ485-1~96
モハ484形0番代とユニットを組む中間電動車(M)で、車体はモハ483形を基本としている。主電動機はMT54B(62~はMT54D)、制御装置はCS15E(44~はCS15F)。台車はDT32A(62~はDT32E)。冷房装置は屋根上にAU12を2組×3搭載している。定員72名。3・5・7・10はJR西日本において1990・91(平成2・3)年に183系化改造されてモハ183-851~854となった。93はJR九州において1997(平成9)年に電装解除されてサハ481-93となり、その他にJR東日本においてジョイフルトレインのモロ485形に4両が改造されたが、その他の車両も2011(平成23)年までに全車廃車となっている。
モハ485-3(福フチ)
1968.7新製→モハ183-851 1991.5改造→1997.2廃車
1989年1月3日 豊岡駅にて
1・3位側を示す。写真はJR西日本の福知山に配置されていた当時のもので、183系化が進められた後も増結用として485系のモハユニットが残り、塗色は183系と同様に窓下に赤帯を加えられていた。
モハ485-74(福フチ)
1972.6新製→2004.4廃車
2002年3月2日 福知山駅にて
モハ484-1~96
モハ485形0番代とユニットを組む中間電動車(M')で、パンタグラフ(PS16H)2基と主変圧器、主整流器などの交流機器を搭載している。冷房装置は屋根上には搭載機器の制限により、AU12を2組収納したものを1基と1組のものを1基搭載し、客室前後に床置形のAU41を3基設置している。定員64名。3・5・7・10はJR西日本において1990・91(平成2・3)年に直流化改造されてモハ182-851~854となった。また、60・61はJR東日本において1991(平成3)年に訓練車化改造されてモヤ484-1・2となったほか、4両がJR東日本のジョイフルトレインモロ484形に改造された。その他の車両も2011(平成23)年までに全車廃車となっている。
モハ484-90(京キト)
1972.5新製→2010.9廃車
2007年9月29日 京都駅にて
1・3位側を示す。前位寄、出入台と客室との間に車掌室が設置されている。写真は福知山配置の183系の増結用として、赤細帯が加えられていたもの。
モハ484-74(福フチ)
1972.6新製→2004.4廃車
2002年3月2日 福知山駅にて
クハ481-1~40
481・483・485系共通の制御車で、1964・65・68~71(昭和39・40・43~46)年に新製された。「こだま」形151系で採用されたボンネット形で、MG(150kVA)・CPをボンネット内に収納、高運転台となっている。台車はTR69A、定員56名。冷房装置はAU12で、1組収納のものを1基、2組収納のものを2基搭載している。
もともと481系の制御車として新製された1~18は、当初ヒゲなし赤一色スカートで、後にクリーム帯が加えられた。写真はそのうちの1両で、勝田の訓練車編成の制御車として組成されていた2001(平成13)年に赤スカートに復元された。
クハ481-17(水カツ)
1965.7新製→2007.2廃車
2007年2月17日 新治駅にて
クハ481-19~28は1965(昭和40)年に483系の制御車として新製されたもので、481系との識別のため、スカートがクリーム色に変更された。タイフォンはスカート部に取付けられていたが、後にボンネットに移設された。写真のように、後年前照灯をシールドビーム化した車両も存在した。また、写真のクハ481-26はMG・CP冷却用通風口が2個の異端車である。晩年は勝田の訓練車編成として使用され、現在は鉄道博物館に保存されている。
クハ481-20(水カツ)
1965.8新製→2007.2廃車
1989年3月23日 平(現いわき)駅にて
クハ481-29~40は1968~71(昭和43~46)年に485系の制御車として新製されたもので、スカートはクリーム色である。九州地区ではヒゲが省略されている。また、鹿児島に配置されていたクハ481-33・35・37・39は1979・81(昭和54・56)年に「ビデオカー」として、座席を階段状に嵩上げし、前位寄りにスクリーンとスピーカーが設置された。主に特急「有明」に使用されたが、民営化までにビテオ装置は撤去され、写真のように階段状の座席はそのまま残された。4両とも後に「レッドエクスプレス」の赤一色に塗色変更された。
クハ481-33(本ミフ)
1969.7新製→1995.3廃車
1989年5月4日 博多駅にて
クハ481-101~126
1971(昭和46)年10月改正での東北特急増発用として増備されたグループで、1971・72(昭和46・47)年に新製された。MGが小型化の上210VAに増強されてボンネット内から床下取付に変更され、前照灯・尾灯ケースの下にある冷却用通風口の形状が0番代とは変更された。前照灯はシールドビーム化され、タイフォンは101はスカート取付であったが、102以降は当初からボンネットに取付けられている。
クハ481-121(金サワ)
1972.4新製→2003.1廃車
1988年3月--日 金沢駅にて
本グループはクハ481-102のみJR東日本、他はすべてJR西日本に承継された。
クハ481-101・103・105・106・111・112・118~123は、1986(昭和61)年から運転されていた大阪-和倉温泉間のキハ65形ジョイフルトレインによる臨時特急「ゆぅトピア和倉」との併結運転に対応するため、1989(平成元)年10月までに前位側の連結器を密着連結器と交換し、スカートを切り欠いてジャンパ連結器が設置された。
クハ481-122(金サワ)
1972.4新製→2003.12廃車
2003年7月17日 敦賀駅にて
クロ481-1~5
1968(昭和43)年10月改正での485系特急「やまばと」・「あいづ」運転開始に際し、奥羽本線板谷峠でのMT比率確保と、磐越西線のホーム有効長の関係から、9両編成で食堂車と1等車を連結することになり登場した。サロ481形からの先頭車化改造(クロ481形50番代=改造車クロ481形のページで解説予定)も合わせて行われたが、改造車に合わせた設計となったため、クハ481形0番代よりも車体長が短く、21,100mmとなっている。定員36名で冷房装置は屋根上にAU12 2組×2である。仙台に配置されたが、1・2は1975(昭和50)年に南福岡へ転属、3~5は1983(昭和58)年に普通車に格下げされてクハ481-601~603となって鹿児島に配置されたが、クハ481-602は再びグリーン車化されて1988(昭和63)年に原番号に復帰している。JR九州に承継されたが、1・2・4とも1993(平成7)年に廃車となって区分消滅した。
クロ481-2(門ミフ)
1968.6新製→1995.4廃車
1986年3月5日 博多駅にて
クロ481-101~104
クハ481形100番代と同様に
1971(昭和46)年10月改正での東北特急増発用として増備されたグループで、1971・72(昭和46・47)年に新製された。MGが小型化の上210VAに増強されてボンネット内から床下取付に変更され、前照灯・尾灯ケースの下にある冷却用通風口の形状が0番代とは変更された。前照灯はシールドビーム化され、タイフォンは101はスカート取付であったが、102以降は当初からボンネットに取付けられている。全車仙台に配置されたが、1982(昭和57)年に南福岡に転属し、民営化によりJR九州に承継された。1995・96(平成7・8)年全車廃車となって区分消滅した。
クロ481-102(鹿カコ)
1971.12新製→1995.3廃車
1989年1月1日 博多駅にて
サロ481-1~51
1等車(後のグリーン車)。前位側に和式便所・洗面所、出入台、専務車掌室を、後位側に洋式便所・洗面所を設置している。台車はTR69A(36~はTR69E)で、定員48名。冷房装置は2個のAU12をキセに収めたものを3組搭載している。
19~25は1968(昭和43)年にクロ481-51~57に、26~28は1978(昭和53)年にサロ181-1051~1053に、40・43~45は1984・85(昭和59・60)年にクロ480-1~4に改造された。その他の車両はJR北海道、JR東日本、JR西日本、JR九州に承継されたが、2003(平成15)年までに廃車となった。
サロ481-36(京キト)
1972.8新製→2003.12廃車
2003年7月17日 敦賀駅にて
サハ481-1~14
1970(昭和45)年10月ダイヤ改正における東北特急の編成増強に伴って登場したグループで、1970~72(昭和45~47)年に新製された。モハ485形を付随車化した設計で、定員72名。台車はTR69A。冷房装置は2個のAU12をキセに収めたものを3組搭載している。
サハ481-7(本ミフ)
1970.9新製→1996.12廃車
1989年1月1日 博多駅にて
サシ481-1~39
481・483・485系の食堂車で、本グループは1964・65・68~72(昭和39・40・43~47)年に新製された。食堂は4人掛けの片持ち式テーブルを通路を挟んで5組ずつ設けており、定員40名となっている。前位側は2位側が側廊下で、1・3位側(写真)の開閉可能な窓部分が調理室、外吊り式の物資搬入用扉を持つ。丸窓部分は従業員用便所となっている。回送運転台は前・後位両側に設置されている。写真は1968~72(昭和43)年485系として増備されたサシ481-15~39のグループ。
食堂車の連結廃止に伴って、本グループは1987(昭和62)年までに全車廃車となった。
サシ481-19(仙セン)
1968.9製→1987.2廃車
1988年12月11日 利府駅にて
写真は4・2位側を示す。写真手前が食堂側である。
サシ481-20(仙セン)
1968.9製→1987.2廃車
1988年12月11日 利府駅にて