205系通勤形直流電車|6扉車(サハ204形)

概説

 JR東日本では、首都圏の通勤時間帯の混雑対策として、1990(平成2)年に山手線用に6扉の試作車サハ204-901・902を新製し、翌1991(平成3)年に量産車が新製された。さらに、1994(平成6)年には横浜線にもサハ204形100番代が新製された。

900番代

 国鉄・JRを通じて初の6扉車として、1990(平成2)年に2両が試作された。
 多扉車の構想は民営化後まもなく構想があり、1989(平成元)年には大井工場にてモックアップによる試験が行われた。
 車体は205系一般車を基本とした軽量ステンレス構体で、片側に両開き扉を6ヶ所設置、両端から2つ目の扉2ヶ所を締め切り、4ヶ所の開閉とすることも可能である。その際に締切を示す表示灯が扉の左右に設けられた。
 客室内は収納式の腰掛として、通勤時間帯には全て立席として混雑を緩和するようにした。そのため、戸閉装置は扉上部に設置している。窓の枚数が扉間1枚と少なくなるため、上下方向の寸法を拡大して室内への採光を増やしている。吊革は3列に並べ、従来よりも5割増やした150個となり、扉間中央にはスタンションポールが設置された。冷房装置は定員増に合わせて能力を増大させたAU717(50,000kcal/h)である。定員は腰掛使用時が154(座席30)名、腰掛収納時が157名。台車はTR241B。
 腰掛の収納は乗務員室のスイッチにより、腰掛内部のガスダンパーの反力で収納される。腰掛使用可能となった際の引き出しは乗客自身で行うが、その際には背ずり端部の表示灯が点灯して案内される。また、1990(平成2)年6月からは戸袋上部に設置されたモニタにより文字放送・映像情報が提供されている。
 山手に新製配置されて、山手線の205系の9号車に連結(基本運用時)されて活躍、後に11両化に伴って、量産車と同様にDC-ACコンバータの取付、戸閉回路の変更と表示灯の埋め込み、文字放送用モニタの変更などが行われた。
 その後は山手線のE231系500番代化に伴い、川越に転属して埼京・川越線で使用されている。側窓1ヶ所が固定式に改造され、LED式の行先表示器が設置された。

サハ204-901

サハ204-901・902

埼京線に転出後の形態を示す。側引戸2ヶ所を締切可能としていた頃の表示灯の跡がわかる。
サハ204-901(宮ハエ)拡大画像を見る
平成2.2新製
2009年12月26日 赤羽駅にて

0番代

 1991(平成3)年12月から山手線の混雑緩和対策として、11両編成化が行われることになり、6扉車サハ204形900番代の仕様を一部変更した量産車として、サハ204形0番代(1~51)が新製された。
 11両化に伴い、編成中のMG電源容量が不足するため、床下にDC-ACコンバータが搭載された。戸閉回路については、900番代では2扉を締め切り、4扉開閉を可能としていたが、これを廃止し、表示装置も省略された。文字放送装置については、ディスプレイを9インチのものに拡大している。また、荷物棚の取付位置を低くして形状も変更された。台車や定員等は試作車と同じである。
 山手線で活躍したが、同線のE231系500番代化に伴って、川越に転属し、現在では埼京・川越線で使用されている。900番代と同様に側窓1ヶ所を固定化して行先表示器が設置されている。

サハ204-9

サハ204-1~51

サハ204-9(宮ハエ)拡大画像を見る
平成2.10新製
2008年9月15日 南古谷駅にて

100番代

 横浜線の混雑緩和対策として、1994(平成6)年に26両が新製された。
 既に209系の新製が行われていたため、随所に209系の設計思想が採用されている。
 1位側には車椅子スペースが設置され、保護棒と非常通報装置が取り付けられている。側引戸は209系に準じたものとなったが、客室内の文字放送用モニタは省略された。このほか、通風器が0番代ではFRP製であったが、ステンレス製に変更された。
 0番代と異なり、横浜線では8両編成で運用されるため電源には余裕があり、M'車のMGからの給電として、DC-ACコンバータは持たない。冷房装置はAU722、台車は209系のものと同タイプのTR246Eとなっている。
 蒲田に新製配置され、その後は大船(現在は鎌倉)に転属したが、引き続き横浜線で使用されている。

サハ204-126

サハ204-101~126

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平成6.11新製
2002年7月28日 橋本駅にて