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117系近郊形直流電車


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概説

 京阪神地区では1970年(昭和45)年より都市間連絡の速達性を目的として、新快速列車の運転を開始し、当初は 113系近郊形直流電車を使用、1972(昭和47)年3月より新幹線岡山開業により余剰となった153系急行形直流電車を使用していた。
 京阪神地区は戦前より国鉄・私鉄の競争が激しく、特に京阪間では京阪電気鉄道と阪急電鉄が料金不要で転換クロスシートを装備した特急を運転しており、国鉄の新快速は速度面では勝っていたものの、運賃・設備面では私鉄が優位に立っていた。
 そこで老朽化した153系の置換えを目的として、1979(昭和54)年より新製されたのが 117系 である。
 117系は両開き2扉で、座席は転換クロスシートとし、出入台を持たない。前面は4個の前照灯を持つ流線形となり、客室内の化粧板には木目調を採用、冷房装置と共に新鮮外気取入装置も設け、これまでの国鉄近郊形電車のイメージを打ち破る車両となった。
 主電動機はMT54、歯車比も従来の近郊形と同様の1:4.82であるが、台車は空気バネのDT32H・TR69Kを採用して 乗り心地の改善を図った。最高速度は110km/h。
 塗装はクリーム1号にぶどう色2号の帯と、かつての「流電」モハ52系をイメージするなど、こだわりを感じさせる。これまでの153系「ブルーライナー」に代わり、「シティーライナー」の愛称が付けられた。
 4M2Tの6両編成を基本とし、ラッシュ時には2編成併結して快速列車にも充当されることから制御車には自動解結装置を装備した。
 なお、117系の設計方針はその後首都圏向けに新製された 185系特急形直流電車や、広島地区向けに新製さ れた115系3000番代にも生かされている。
 117系は、京阪神地区用としては1980(昭和55)年までに21編成126両が新製されて宮原に配置された。
 一方、中京地区の東海道本線でも153系による快速列車が運転されており、これについても117系に置き換 えることになり、1981・82(昭和56・57)年に6両編成9本の54両が大垣に新製配置された。京阪神地区用と違い、扉の半自動扱い機能および自動解結装置を省略、クハ117形にも便所が設置された。
 1986(昭和61)年には、京阪神地区の新快速増発と名古屋地区の短編成化に伴って、一段下降窓とボルスタレス台車を採用して客室内もバケットシートとなった改良形の 100番代 が新製され、京阪神地区用には6両編成3本の18両、名古屋地区には制御車のみ18両が配置された。
 JR発足後、JR西日本では3扉で転換クロスシートを装備する221系が大量に新製され、117系は新快速から撤退、活躍の場をローカル列車や他線に移すことになり、1992(平成4)年に4両編成6本24両が岡山に転属して専用塗色となって快速「SUNライナー」に充当されるようになり、これに伴い余剰の中間電動車22両が岡山・広島地区向けに115系化・セミクロスシート化されてモハ114・115形3500番代となった。(2001年にも後述の 300番代から6両が追加改造)
 また、福知山線への転用も行われ、これらは扉付近をロングシート化し、定員増となることからブレーキ系統も改造して 300番代 に区分された。1992~95(平成4~7)年に58両が改造されている。
 近年、JR西日本においては、新たに和歌山線への転用も行われている。岡山・和歌山地区ではワンマン化改造も行われた。
 また、2005(平成17)年の福知山線脱線事故による同線へのATS-P設置に伴い、本系列はATS-P非対応であるため福知山線から撤退、山陰本線京都口や湖西線などで300番代車が見られるようになったほか、下関地区にも転用された。岡山・広島地区の117系については、塗色の濃黄色への変更が進行している。
 JR東海でも311・313系などの増備により、徐々に活躍の場が狭くなり、近年ではラッシュ時の運用が多くなっている。

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