北大阪急行電鉄は、大阪千里で開催される万国博覧会への来場客輸送を目的に、京阪神急行電鉄(現阪急電鉄)等の出資による民間第3セクターとして、1967(昭和42)年に設立された。1970(昭和45)年2月24日に江坂−千里中央(仮駅)間の南北線と千里中央(仮駅)−万国博中央口の会場線が開業し、大阪市交通局御堂筋線との相互直通運転が開始されている。博覧会終了後の1970年9月14日付で<分岐点>−千里中央(仮駅)−万国博中央口間は廃線となり、千里中央駅は地下ターミナルの本駅に移転、以後は千里ニュータウンから大阪市中心部への通勤・通学客輸送を担っている。
車両は開業当初2000系、7000系、8000系の3系列が用意され、大阪市交30系と同一仕様のステンレス車7000系とアルミ車8000系は、当初の計画通り万博終了後に大阪市交へ譲渡されている。北急の主力車両となった2000系は、基本的には大阪市交30系に準じているが、車体のマルーンの帯、客室内の緑色の腰掛など、随所に筆頭株主の阪急のカラーが採り入れられている。
総勢52両が在籍していたが、1986(昭和61)年に登場した北急初の冷房車でVVVFインバータ制御の8000系の増備が進むにつれて順次廃車となり、1993(平成5)年までに全車廃車となった。

1981年6月5日 桃山台−千里中央間にて